話し合えばお互い分かり合えるという幻想

人間関係

よく言いますよね。

「話し合えばわかるよ!」って。

でも、個人的にはその意見には反対です。

むしろ、話し合えば合うほど溝は深まり、修復不可能なレベルにまで関係が悪化する場合があります。

そもそもですが、価値観が全く違う相手と何時間話し合おうが無理なんですよ。

漫画やドラマの世界のように、美しい相互理解なんてものは生まれません。

最初は冷静に話が進んでいても、

「っていうか、さっきからお前の人の話を聞く態度が気に入らない。」

「は?何様?どんだけ上から目線で言ってくるんだよ?」

みたいに、だんだんと話し合いのトピックが「相手の態度」になっていき、最終的には喧嘩別れに終わるのが普通。

経験ありません?

じゃあ、なんでこんな風になるのかというと、そもそもお互いに理解し合う気持ちがないからです。

もっと噛み砕いていえば、

自分さえ理解してもらえたらいい

という自己中な考えしか持っていないから。

これまで上手くいかなかった話し合いを思い出してみてください。

で、その時の自分を振り返ってみましょう。

きっと、相手のことはどうでもよくって、結局は自分の意見を理解してもらうことだけを考えてませんでしたか?

問題はそこ。

自分の要求だけ押し付けても、相手からすれば

「は?」

なんですって。

そこをやめないと、一生話し合いなんて上手くいくわけがない。

喧嘩になるだけです。

個人的な話ですが、僕は父と仲良くありません。

2年ほど前、話し合いの場において大げんかしたからです。

どんな話し合いだったかというと、僕が父に対して「こういうところを変えてほしい」という要求をするための話し合いの場でした。

「ちょっと時間いいかな?」

と言って時間をとってもらい、そこからの話し合い。

「あの…、かれこれこういうことがあって、自分はこういうのが嫌なので、ここは変えてほしい」

いかにも理路整然とした話し方。

予習とシミュレータはバッチリしましたから。

でも、うまくいかなかった。

「それはいいけど、お前そもそもやけどな!。。。。」

と、そこから始まる全く反論。

「いや、それはさあ!」

とこちらも言い返し、結局は売り言葉に買い言葉。

「話し合えばお互い理解できる」という原理原則のもとに始めた話し合い。

本音で話し合ってスッキリしたい、と思っていろいろぶつけても、それは結局感情的な反発を招いてしまう結果に。

お互いに理解し合うはずの話し合いは、目も当てられないくらいひどい喧嘩で終了となりました。

この経験でわかったことは、

そもそも、話し合いを持とうとしている相手に「理解しよう」という気持ちが存在しなければ話し合い自体が成立しない

ということと、

気持ちを言語化して伝えることが、かえって感情的な反発を招いて関係修復が難しくなる

ということ。

よく、本音を隠したコミュニケーションの是非が問われることがあると思いますが、これは正しいコミュニケーションのありかたであると思います。

世の中を上手く渡っていくためには言語化せず、あえて話し合わないこと。

これこそが大人の付き合い方でもあるのです。

お互い理解できないなと感じたら、そっと距離をとる。

そして、できるだけコミュニケーションが発生しないように配慮する。

実はこれが組織の中における一番正しいコミュニケーションです。

真正面からぶつかっても、余計な傷を負うだけですし、精神的ダメージはずっと残ります。

大人であれば賢く生きましょう。

本音でぶつかって笑顔になれるのは漫画の世界だけですから。

今回の記事は以上です。

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